2009年 11月 27日
私の住む街 |
最近、風邪をひいてしまったり、お気楽にママ友と遊んだりしてゆる~い毎日を過ごしてます。
ということで、プレゼンまで家ネタも更新できそうにないので、今日は私の住む(住んだ・住んでいる)場所について書いてみます。
今まで住んでいた場所はというと…
①愛媛県松山市(幼少期)
②愛媛県西条市(小6~高校まで)
③京都府京都市(学生時代)
④愛媛県西条市(社会人数年間)
⑤神奈川県横浜市(結婚~現在)
といった遍歴です。幼少期に住んでいた松山市はそれなりに街といえるんですが、現在実家のあるところは結構な田舎です。
そして田舎者の私は、中学生頃くらいから都会に対する憧れがあり、「かっこいい家に住みたい」っていうのと同じくらい「都会に出たい!」という強い願望がありました。(「都会」とくくっている時点で激しく田舎者丸出しですが^^;)
はじめて地元を出て一人暮らしをした舞台が京都とは、今考えるともったいないくらいの素敵な場所でした。
授業の合間の休講の時間で自転車で近くの有名なお寺に紅葉を見に行ったり、観光客で行列のできる抹茶のお店に並ばずして入ってパフェを食べたり…。
そして歴史的建造物の観光はもちろんですが、京都には雰囲気のいい建物、またカフェや雑貨屋も多く、いろんな意味で刺激を与えてくれました。学生時は建築やインテリアの学科を学ぶ学部だったので、課題を出されていろんな建築物を見てレポートを書いたり。
やりたいことを思い切りやって、毎日フルで勉強して踊って遊んで、大切な人達に巡り合えた京都を離れなければいけなかったあの日の事は今でも忘れません。
結局、名残惜しすぎて、地元に戻って就職してからも、2年間は京都でダンスのイベントに出るとかいって練習の為に毎週末愛媛⇔京都という強行スケジュールもこなしてしまったり…我ながらこのときの私はバイタリティのかたまりでした。笑
こんな私なので、地元に就職していた数年間は、「田舎を出たい!都会に出たい!」が口癖になってしまい、さぞかし親を苦しめたでしょうが、そんなこんなで私が永住する地となったのが、ここ横浜です!もともとは当時つきあっていた今の旦那が働いていたのが横浜だったので、結婚して住む場所を決める際も自然と横浜で探すことに。
完全に成り行きでなんのゆかりもない横浜に住むことになりましたが、もともと関東に住んでいる友達も多く、年に数回は東京・横浜に遊びに行ったりインテリアショップめぐりをしたりしていたので、不安や心配は一切ありませんでした。むしろ横浜に住めるなんて!!という思いでした。笑
…こうして横浜に住んで早5年になります。
5年経った今でも、ダンス仲間と踊れたり、好きなインテリアショップやオシャレでおいしい話題のお店にもすぐに行けること等、小さいことですがそのたびに幸せを感じます。
そして横浜に住んでみて思うことは、そのイメージ通り、とても爽やかな場所だなぁということ。
みなとみらいの景色や湘南の雰囲気のよさはもちろん、海が近いからか、夏には心地よい風が抜け、冬もそれほど寒くありません。
結婚してからすぐ山下公園の近くのビルで一年くらい勤めたのですが、青い海と空をバックに仕事をしていたときは、毎日が感動でした。今も本当は横浜で働きたいくらいです。
そんな横浜に念願の土地が買えることになり、夢であった建築家さんと建てる家づくりが現在進行中です。これも私のまわりにいる人たちの支えと協力あってのことです。本当に感謝しなければいけませんね。
まだまだ愛媛弁が抜けない私達夫婦なので、息子がハマっこになることがいまだに不思議ですが、
これからもっと横浜を愛し、家族仲良く暮らしていくことができるよう、毎日を楽しみたいと思います。
ということで、プレゼンまで家ネタも更新できそうにないので、今日は私の住む(住んだ・住んでいる)場所について書いてみます。
今まで住んでいた場所はというと…
①愛媛県松山市(幼少期)
②愛媛県西条市(小6~高校まで)
③京都府京都市(学生時代)
④愛媛県西条市(社会人数年間)
⑤神奈川県横浜市(結婚~現在)
といった遍歴です。幼少期に住んでいた松山市はそれなりに街といえるんですが、現在実家のあるところは結構な田舎です。
そして田舎者の私は、中学生頃くらいから都会に対する憧れがあり、「かっこいい家に住みたい」っていうのと同じくらい「都会に出たい!」という強い願望がありました。(「都会」とくくっている時点で激しく田舎者丸出しですが^^;)
はじめて地元を出て一人暮らしをした舞台が京都とは、今考えるともったいないくらいの素敵な場所でした。
授業の合間の休講の時間で自転車で近くの有名なお寺に紅葉を見に行ったり、観光客で行列のできる抹茶のお店に並ばずして入ってパフェを食べたり…。
そして歴史的建造物の観光はもちろんですが、京都には雰囲気のいい建物、またカフェや雑貨屋も多く、いろんな意味で刺激を与えてくれました。学生時は建築やインテリアの学科を学ぶ学部だったので、課題を出されていろんな建築物を見てレポートを書いたり。
やりたいことを思い切りやって、毎日フルで勉強して踊って遊んで、大切な人達に巡り合えた京都を離れなければいけなかったあの日の事は今でも忘れません。
結局、名残惜しすぎて、地元に戻って就職してからも、2年間は京都でダンスのイベントに出るとかいって練習の為に毎週末愛媛⇔京都という強行スケジュールもこなしてしまったり…我ながらこのときの私はバイタリティのかたまりでした。笑
こんな私なので、地元に就職していた数年間は、「田舎を出たい!都会に出たい!」が口癖になってしまい、さぞかし親を苦しめたでしょうが、そんなこんなで私が永住する地となったのが、ここ横浜です!もともとは当時つきあっていた今の旦那が働いていたのが横浜だったので、結婚して住む場所を決める際も自然と横浜で探すことに。
完全に成り行きでなんのゆかりもない横浜に住むことになりましたが、もともと関東に住んでいる友達も多く、年に数回は東京・横浜に遊びに行ったりインテリアショップめぐりをしたりしていたので、不安や心配は一切ありませんでした。むしろ横浜に住めるなんて!!という思いでした。笑
…こうして横浜に住んで早5年になります。
5年経った今でも、ダンス仲間と踊れたり、好きなインテリアショップやオシャレでおいしい話題のお店にもすぐに行けること等、小さいことですがそのたびに幸せを感じます。
そして横浜に住んでみて思うことは、そのイメージ通り、とても爽やかな場所だなぁということ。
みなとみらいの景色や湘南の雰囲気のよさはもちろん、海が近いからか、夏には心地よい風が抜け、冬もそれほど寒くありません。
結婚してからすぐ山下公園の近くのビルで一年くらい勤めたのですが、青い海と空をバックに仕事をしていたときは、毎日が感動でした。今も本当は横浜で働きたいくらいです。
そんな横浜に念願の土地が買えることになり、夢であった建築家さんと建てる家づくりが現在進行中です。これも私のまわりにいる人たちの支えと協力あってのことです。本当に感謝しなければいけませんね。
まだまだ愛媛弁が抜けない私達夫婦なので、息子がハマっこになることがいまだに不思議ですが、
これからもっと横浜を愛し、家族仲良く暮らしていくことができるよう、毎日を楽しみたいと思います。
by uddy105
| 2009-11-27 16:12